利休道歌 16

棗には蓋半月に手をかけて 茶杓を円く置くとこそしれ

前の歌は中次でしたが、これは棗(なつめ)の扱いです。

棗は足利義政の時代に、京都妙覚寺法界門の傍らに住んでいた

羽田五郎という人が始めたといわれています。

形が果実の棗に似ているからだそうです。

蓋を「半月に持つ」というのは、蓋の上からつかむように持つと

棗の蓋の表面と指との間に、三日月形の空間ができます。

これを「半月」といいます。

このように持つと見た目が美しいです。

茶杓を円く置くというのは、前回にも書きましたが

茶杓の櫂先をまず蓋の向こうに傾けて、しだいに手前の方におろす

という意味です。

蓋の上が丸みをおびているので、このように置くと、

茶杓が安定するし、見た目も美しく感じます。

今日、今までの道歌を思い出しつつ お稽古してきました。

今日のお稽古 お濃茶―長板  薄茶―竹台子